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ブルースリーの栄光から晩年

ハワイで開かれた、世界空手選手権をきっかけに、テレビシリーズにブルースリーが出るようになったのは1966年のことでした。そこからテレビドラマ、『燃えよカンフー』の主役はブルースリーにしないかという声も出て注目はされたようなのですが、デヴィッド・キャラダインという俳優が主役に抜擢されたため意気消沈したといいます。


その後ブルースリーは仙骨損傷というカンフーをやるために致命的な損傷をしてしまい、再起不能とまで言われたそうなのですが、さすがに持ち前の根性でそれを克服しました。そして香港に再び帰国したのです。この時香港は米中の国交樹立ということもあり、アメリカから帰国したブルースリーはテレビに引っ張りだこになったといいます。


ブルースリーの大活躍のきっかけになったのは、1970年に契約した弱小映画会社、ゴールデンハーベストとの契約で、そこから出された映画というのは香港の興行記録を次々と更新していったようです。世界のトップスター入りを果たした映画というのは、タイトルは誰もが知っていると思うのですが、1973年制作、ハリウッドと香港の共同合作映画になった『燃えよドラゴン』です。


しかし、トップスターになったのもつかの間で、同年7月20日にベティ・ペィンペイという女優がブルースリーに与えたアスピリンという鎮痛剤のせいで死に至り、32歳という短い人生に終止符をうったということです。


ブルースリーの影響はかなり大きくて、ブルースリーに憧れて格闘技を始めたという人が多かったそうです。
ブルースリーが亡くなって40年近く経つのですが、今でもカリスマ的存在感があります。

あのジャッキー・チェンでさえ知名度でいうとブルースリーにまだまだ及ばないというくらいなのですからすごい人物だったのでしょうね。

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| brucelee | 12:49 | - | - | pookmark | 2012.07.25 Wednesday | category:情報